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足立簡易裁判所 昭和44年(ハ)232号 判決

原告 鈴木静江

右訴訟代理人弁護士 伊藤清人

同 伊藤哲

被告 島村正雄

右訴訟代理人弁護士 蓮見純

同 松本傳四良

主文

一、被告は原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ、昭和四四年一二月九日から右明渡済まで一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ、昭和四四年一二月九日から右明渡済まで一ヶ月金二〇、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  別紙目録記載の家屋(以下本件家屋という。)は、もと訴外大槻きんの所有に属したところ、同人は、昭和二六年五月頃、本件家屋を、期間の定めなく、賃料一ヶ月金六〇〇円(後に金一、〇〇〇円に改定した)で被告に賃貸して引渡し、被告はこれを店舗兼住宅として使用してきた。

(二)  右大槻きんは、昭和三〇年一月一六日死亡したため、同人の相続人である江川市太郎、村田幸政、村田初子、斎藤徳蔵、橋本善一、板津正五郎、大滝静子、菊地幸雄、大木芳子、結城ヨシ、仁ノ平ツネ、仁ノ平リキ、橋本藤吉、石橋まつの計一四名が本件家屋の所有権と賃貸人たる地位を相続により取得したが、同年六月二三日、原告は右共同相続人より本件家屋を買受けたので、その所有権を取得し併せて賃貸人たる地位を承継した。

(三)  原告は、被告に対し、昭和四四年六月八日到達の内容証明郵便で、本件家屋の賃貸借契約を解約する旨の申入をなした。

(四)  右解約の申入には、次のような正当事由がある。

1、本件家屋は昭和初年頃の建築にかかり、既に建築以来四六年を経過して著しく老朽化し、土台、壁、屋根、柱、敷居、鴨居、床、天井、建具等の損傷著しく、朽廃に瀕しており、不時の災害の際、居住者の生命身体に危険を及ぼす虞がある許りでなく、附近街区の発展から本件家屋が著しく見すぼらしくなったため、本件家屋を取壊した上、近隣の状況に相応しい防火建物に改築する必要に迫られている。

2、原告が現在居住している家屋は、六畳和室三室および洋間一室の間取りとなっていて、これに原告と、原告の夫鈴木義男、長男育男(二二才)および同家屋の所有者である訴外藤次秀治の四人が居住しているのであるが、右訴外人は、原告の先夫亡藤次己之治(昭和二〇年スマトラ島にて戦病死)と原告との間の子であって、右鈴木義男とは本来他人同志であり、また右育男とはいわゆる異父兄弟の関係にあるところから、その家族構成が複雑なため、右訴外人(既に二九才に達している)の婚姻問題にも影響を与えているのが実状である。

従って、原告としては、右訴外人の婚姻の早急かつ円満な実現のためにも、現在居住している同人所有の家屋から退去した上これを同人に返還し、本件家屋改築後の家屋に夫および子育男と共に移住して自らこれを使用する必要に迫られているのである。

3、他方、被告は、現在本件家屋に居住せず、これをその用法に従って使用していない。即ち、このことは、本件家屋には水道設備がないのに飲料水用の井戸は使用不能の状態にあり、また便所汲取口も使用不能の状態であって、その他本件家屋の出入口や店舗の状況からみても明らかである。

(五)  かくて、原被告間の、本件家屋の賃貸借契約は、前記解約の申入が被告に到達した日から六ヶ月を経過した昭和四四年一二月八日に終了したものというべきところ、被告はその後も本件家屋を返還せず、占有を続けているので、原告に対し、賃料相当額の遅延損害金を支払う義務がある。

而して、昭和四四年一二月九日以降における本件家屋の相当賃料額は、一ヶ月金二〇、〇〇〇円である。

(六)  よって、原告は、被告に対し、本件家屋の賃貸借終了を原因として、本件家屋の明渡と賃貸借終了の日の翌日である昭和四四年一二月九日から明渡済に至るまで相当賃料額である一ヶ月金二〇、〇〇〇円の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、本案前の抗弁

(一)  原告はさきに被告を相手方として、足立簡易裁判所に、所有権に基き本件係争物である家屋の明渡を求めた(昭和三一年(ハ)第八一号事件。以下第一訴という。)が、昭和三二年一月七日原告敗訴の判決があり、原告はこれに対して東京地方裁判所に控訴したところ、同審でも棄却の判決がなされ、原告は更に東京高等裁判所に上告してこれを争ったが、結局上告を棄却され、右判決は確定した。

(二)  原告はその後再び被告を相手方として、足立簡易裁判所に、第一訴と同じく、所有権に基き本件係争物である家屋の明渡を求めた(昭和四一年(ハ)第三五号事件。以下第二訴という。)が、右訴に対しても昭和四四年五月一九日原告敗訴の判決がなされ、これに対し原告は上訴することなく、右判決は確定した。

(三)  右第一訴、第二訴とも、原告敗訴の判決は、本件家屋に対する原告の所有権取得が否定されたことを理由とするものであるから、本訴において再び所有権取得の主張を前提として本件家屋の明渡を求めるのは主張自体失当というべきであり、却下を求めるものである。

≪以下事実省略≫

理由

一、本案前の抗弁に対する判断

(一)  職権を以て調査した結果によれば、次の事実を認めることができる。即ち、昭和三一年に提起された、本件訴訟におけると同一の係争家屋を目的とする同一当事者間の第一訴は、所有権に基く家屋明渡請求権を訴訟物とし、これに対する原告敗訴の第一審判決は、本件家屋についての原告の所有権取得を認めた上で、なお被告の賃借権の抗弁を認容したことにより原告の請求を棄却していること、これに対し、控訴審においては、原告の所有権取得を否定して控訴を棄却していること、更に上告審も右控訴審の判断を維持して上告を棄却し、右判決は昭和三六年三月確定したこと。その後更に原告は昭和四一年に、同じく被告を相手方として同一係争家屋を目的とする、前同様の所有権に基く家屋明渡請求権を訴訟物とする第二訴を提起したが、同訴において原告は、第一訴の事実審口頭弁論終結時までに主張し得べくして主張しなかった新たな所有権取得原因事実を主張したため、第一審は、右主張の提出が、前訴たる第一訴の確定判決の既判力により遮断されるとして原告の請求を棄却したこと、そして右判決は、昭和四四年六月確定したこと。

以上の事実が認められる。

(二)  そこで、被告の本案前の抗弁を検討するのに、前二訴は、何れも所有権に基く家屋明渡請求権を訴訟物としているのに反し、第三訴ともいうべき本訴は、賃貸借終了による家屋返還請求権を訴訟物としているのであるから、実体法上、請求権の競合を認める以上、本訴の提起は可能であり、従ってまた、訴訟物が異なることにより、第二訴において排斥された原告の新たな所有権取得原因事実の主張も、本訴において右請求権主張の前提としてこれを提出することは、理論上第一訴確定判決の既判力により影響を受けないものと解さざるを得ないから、被告の主張は採用できない。

二、請求原因(一)および(三)の事実は当事者間に争いがない。

三、請求原因(二)の事実について。

(一)  大槻きんが、昭和三〇年一月一六日死亡したことは当事者間に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると、大槻きんの死亡により、江川市太郎ほか原告主張の一三名、計一四名が相続人となったことが認められ、更に、≪証拠省略≫を総合すると、昭和三〇年六月二三日に、右一四名の相続人のうち、江川市太郎、橋本藤吉、斎藤徳蔵、村田幸政、結城ヨシ、仁ノ平リキ、同ツネ、石橋まつ、橋本善一、大滝静子、板津正五郎の一一名が本件家屋を原告に売渡したこと、また前記共同相続人の一人である村田初子が昭和四五年九月二七日に、同菊地幸雄および大木芳子も同年一二月二〇日にそれぞれ右売買を追認したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、原告は、本件家屋の所有権を、右共同相続人一四名から売買によって取得し、併せて被告に対する賃貸人たる地位を承継したものと言うべきである。

四、そこで、原告がした、本件家屋の賃貸借を解約する旨の申入に、正当事由があるか否かについて検討する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、本件家屋は、昭和四六年一二月当時、

1、外壁内壁とも損傷、腐蝕、剥落が多く、柱、敷居、鴨居等も全体的に傾斜が認められる。

2、屋根は瓦部分に欠損があり、鋼板部分は腐蝕がひどく、南側、東側の屋根に至っては大半が滅失している。

3、土台、床も、コンクリート敷の部分を除いて、腐朽が顕著であり、いわゆる建物の不同沈下の現象を呈している。

4、天井、建具も、損傷が甚だしく、雨漏り跡も歴然としている。

5、本件家屋の使用状況としては、店舗部分に洗剤、ピーナッツ等が少量残置されており、ケースの大半は空であり、又、水道設備がなく、裏庭に手押ポンプ井戸と、井戸水を濾過するための砂を入れたかめが置かれていたが、水は白濁しており、かつ細い浮遊物を視認し得る。便所汲取口付近には、相当以前からのものと思われる古材等その他の物が積まれており、そのままでは汲取不能の状態である。

以上の事実を認めることができ、右に認定したところによると、本件家屋は、危険状態にあり、災害発生の際は、倒壊のおそれがあって、このままでは殆ど耐久力がなく、住宅としての耐用命数もほぼ尽きかけていてその使用に耐え得ない段階にあり、その使用可能を目的とする大修繕には多大の費用を要するものといわなければならない。

(二)  他方、被告側の事情としては、現在、被告が本件家屋に居住していないことについては当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被告自身は現に住宅に困窮しているわけではなく、また行政書士の資格とそのための事務所をもっているところから、その収入の面で必ずしも右とは別に独立の店舗を構えてまで生計を樹てて行かねばならぬほどの必要性が認め難いこと、又、一応本件家屋において営業を続行したいという希望を肯定するにしても、その時期が将来全く不明であることを認めることができ、これに反する証拠はない。

(三)  してみると、本件においては、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件賃貸借の解約の申入には正当事由があると言うべきである。

五、賃料相当損害金について。

≪証拠省略≫によれば、伝聞ではあるが、昭和三七年頃、本件家屋の賃料につき、被告の妻島村まつ江が二〇、〇〇〇円でも高くはない趣旨の供述をしたことが認められ、右供述は、一応当時の、本件家屋の存在する付近一般の相場の程度を示唆している、とみることもできないわけではないが、然し、右に認定した本件家屋の朽廃状況を併せ考えると昭和四四年の解約申入当時の賃料としては原告主張の事実を推認することはむずかしく、ほかにはこれを認めるに足りる証拠がない。

従って、結局、当事者間に争いがない限度、即ち一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による金額が相当であると認めざるを得ない。

六、結論

よって、原告の請求中、家屋の明渡を求める部分は正当であるからこれを認容し、賃料相当損害金の点については一ヶ月金一、〇〇〇円の限度でこれを認容してその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉満圓)

〈以下省略〉

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